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メディア文化を読む

読書ノート 村瀬学『鶴見俊輔』

鶴見の言論活動、あるいは大衆文化への向き合いは彼の「貴種」の相対化であったという論旨。鶴見自身の伝記の語りを、別の資料から付き合わせて分析しているところなどは勉強になった。

鶴見の大衆文化への関わりは、もちろん彼が大衆ではなかったというところにあるのはその通りだと思う。この点が東京の下町生まれの吉本隆明の実感も交えた知識人批判とは違うところである。そして逆説的であるが、鶴見は大衆ではないが故に対象にうまく接近出来たのではないか、というのが私が考えていることである。

つまり鶴見は他者である大衆文化という対象をよく観察していたということである。その成果は初期は『限界芸術論』であり、後期はカナダ・マギル大学での講義集『戦時期日本の精神史』『戦後日本の大衆文化史』であろう。文化と歴史記述のやり方としては、『日本の百年 新しい開国』辺りで一つの形になったのではないかと考えている(この辺りはもう少し詰めていきたい)。

そしてもちろん、鶴見は「貴種」の相対化のためだけで大衆文化に向き合っていたのではなく、むしろそれを受容し楽しんでいたところがある。これは、私が聞いた関西フォーク運動関係者の話や鶴見の残したテクストからもわかる。同志社時代に、同僚の山本明に漫画を読むことを勧めていたということを山本は書いていたが、これは衒いだけではなく鶴見は漫画が好きだったと思われる。鶴見は漫画を編集し後年は『寄生獣』についても語っている。そして、中川五郎のわいせつ裁判に証人として出廷したり、岡林やフォークルに著書や論考で言及していたのも、フォークソングを聴き、おそらくは楽しむことに意義を感じていたからであろう。